正しいパチンコ

中途半端なパチ生活者が正しいパチンコをまっとうに語ろうと試みるブログ。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
→サイトトップへ

【 全記事一覧 】 【 機種情報 】 【 正しいパチンコ本 】


| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

命を賭けた?ギャンブル体験の原点

ギャンブルに命を賭けるというと大げさですが、それに近い暮らしをするに至る原点のような体験を思い出しました。


小学校5年生か6年生の頃、映画好きな小学生にしてはちょっとマセた友達に誘われて古い映画のリバイバル上映を観に、ちょっと遠方の映画館に行きました。映画自体はこの話には関係なく、その映画館に電車で行ったという事が重要です。

映画を見終わって、2人でゲームセンターで遊んでいたのですが、友達は用事があって先に帰りました。私の方はコイン落としゲームの調子が良く、席を離れられません。ですから以降は一人で遊んでいたわけです。

コイン落としで稼いだコインはその後結局どんどん減って、今度はスロットマシンに移動したのですがこちらも芳しくありません。悔しいもんだからコインを使いきった後もお金を追加して、熱くなってつぎ込んでいました。

しかし、帰りの電車賃まで使い切ってしまったら大変な事になります。とてもじゃないけど徒歩で帰れるような距離ではありません。ですから、電車賃の200円をしっかりキープしつつ、納得いくまでつぎ込もうと考えて遊んでいたんです。


ムキになってつぎ込むうち、財布の中を確認するとキープしていたはずの200円がありません。


顔面蒼白とはこのことです。電車で20分ほどかかる家まで、お金が一銭もない状態でどうやって帰ったらいいんでしょう。10円玉のひとつもあれば家に電話でもかければいいんでしょうが、悪いことに財布の中は完全にカラです。

一生ここで過ごすわけにもいきませんから、状況を一旦整理してみると、とりあえず現在自分は徒歩では帰れない場所にいる。お金は一銭もない。つまり、電車賃の200円を手に入れない限り、小学生にとっては死に等しい大変なことになる。という具合です。そして唯一の希望として、手元に9枚のゲームセンターのコインがあります。

ここで私は「この9枚をゲームである程度まとまった枚数まで増やして、それを誰かに買い取ってもらう」という考えに至りました。

失敗は死を意味します。この後の勝負には一切の遊びが混じってはいけません。気持ちを落ち着けつつも、勝負に向かうために気を活発にするよう心がけました。


このゲームセンターには、スロットマシン以外にも色々なコインゲームがあります。最初にやったコイン落としは冷静に考えると経験が必要で、9枚だけで勝負するには危なすぎます。今やっているスロットマシンも当たる気がしません。

そこで私が選んだのは競馬のゲームです。競馬ゲーム自体には詳しくありませんでしたが、配当が小さい組み合わせは当たりやすいという基本的な法則だけは知っていましたし、何よりも勝負に出たくないレースを賭けずにスルーできる、つまり「見(ケン)」できるという部分で、手持ち9枚しかない自分にはこれしかないと思えました。


席につきました。できるだけ手堅い勝負を心がけます。最初に賭けたレースは、一番人気が2.5倍というレースで、その馬にコイン2枚を賭けました。ゲームの競馬という特性上、賭け枚数が奇数だと配当の小数点以下が切り捨てになって損をする、そこまで考えた2枚賭けでした。


結果はハズレ。背中を冷たい汗が伝います。

その後2レース賭けても当たらず、残り枚数5枚となりました。次のレースは一番人気2倍というレースでした。ここで私は一番人気を頭に3点流して1枚ずつ賭けました。一番小さい配当の当たりだった場合少しだけプラス、中くらい以上の当たりになれば少なくとも最初の9枚以上に戻すことができます。

結果は、この日初めての僥倖で3点のうち一番倍率の高い組み合わせで当たり、手持ちが16枚になりました。気が付くと汗びっしょりです。熱い勝負での汗というより、冷や汗の方が多かったと思います。

その後は、特に勝つために適切な行動ができていたかどうかはわかりませんが、少ない枚数で賭けてハズレた後、少し多めに賭けるといったように賭け方に濃淡をつけるよう心がけました。その結果、当たる率はそれほどよくありませんでしたが濃く張ったレースで上手く当たるという流れで手元のコインは除々に増えていきました。

手持ちに余裕ができたところで、多少穴狙いを交えつつ勝負を続行するうち、うまく大穴を取って一気に手持ちがコインカップ7分目ほどに増えました。勝負は終わりました。


そのコインを持って、液晶画面のスロットゲームをやっている中学生に200円での買い取りを持ちかけると「そんなにたくさんあるのに200円でいいのか?」という事になり、無事に帰りの電車賃を捻出することが出来ました。勝利の喜びというより、とりあえずこの場で死ななくて済むという安堵感で全身から力が抜け、足元がフワつく感覚をおぼえました。

200円を大事に財布にしまい、駅へ向かう道中に何ともなしにズボンのポケットに手を突っ込むと、思い出しました。電車賃を使ってしまっては大変だと、あらかじめ200円をポケットに入れておいたんです。手に触れる100円玉2枚の感触。汗びっしょりになったあの地獄のような勝負は、最初から必要なかったんです。


という経験が今につながっているかどうかは別として、慎重さがあるようでいて、結局のところ先にリスクがあろうと頭から突っ込んでいってしまう危うさを持っているという、私自身が自覚している本質のようなものが、小学生にして既に芽をふいていたということがわかる記憶ではあります。

この話には教訓などは全くなく、単にバカということ以外なにもありません。
関連記事
→サイトトップへ

【 全記事一覧 】 【 機種情報 】 【 正しいパチンコ本 】


| コラム | 03:16 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

モウムリさん お疲れさまです。
勝負のセンスは生来のものなんですね。

私もある経験思い出しました。ギャンブル話ではありませんが、30年程昔、アイドルが原宿に店を出したオープン初日に地方から数時間かけて上京。花束持って行きました、が学生で財布に7000円しかなかったんですよね。

浅はかにもハンカチ買う程度のつもりで店内見回したら、一番安いのでポロシャツかなにかが7000円。帰りの汽車賃無くなるけど、憧れのアイドル前にして…無様は晒せんと、ここは潔くよく買いました。

店出て、さてどうするかな〜と歩き出したら、「あの〜、ファン同士語りあいませんか」、と爽やか青年に声掛けられ、しめた!とばかりに喫茶店で意気投合。彼は親衛隊員で関西から来てたんですね。で、ワラにすがる気持ちで茶代と汽車代貸してとお願いしたら気持ちよく貸してくれました、ほっとした思い出です。

パチンコはボーダー割れを好きでうち続けてますが、馴染みのガラガラ店が年金暮らしの方々なんかの居場所として存続し、潰れなきゃいいな〜と思う今日この頃です。
長文失礼しました。

| | 2015/11/07 22:21 | URL | ≫ EDIT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。